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【 映画雑感 】No.442

工作
/黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男



2018年  韓国  137分

監督
ユン・ジョンビン

出演
ファン・ジョンミン
イ・ソンミン
チョ・ジヌン、チュ・ジフン
キ・ジュボン

   Story
 核開発をめぐって緊張が走る朝鮮半島を舞台に、北朝鮮に潜入した実在の韓国工作員のスパイ活動を描いたポリティカル・サスペンス。

 1992年、韓国軍将校パク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は国家安全企画部のチェ・ハクソン室長(チョ・ジヌン)の司令で、工作員として北に潜入することになる。
 目的は、北朝鮮の核開発の実態を探ること。

 “黒金星 (ブラック・ヴィーナス)” というコードネームを与えられたパクは、やり手の実業家になりすますと、 北京駐在の北の重要人物、対外経済委員会所長リ・ミョンウン(イ・ソンンミン)への接触を図る。

 リ所長との間に次第に信頼関係を築き、彼の図らいでパクは金正日(キ・ジュボン)との会見も果たす。
 しかし1997年、大統領選挙をめぐる祖国と北朝鮮の裏取引で、数年に渡る工作活動が無になることを知ったパクは・・・。


   Review
 冒頭、「この映画は実在のスパイをモデルとしたフィクションである」という字幕が出る。
 実在の人物や事件をもとにした映画はいくらでもあるけれど、すべてを事実通りに描くなんて無理。 細部をフィクションで埋めるのは当然で、わざわざ “フィクションです” と断る必要はなさそうに思うけど、どういうことだろう、と首を捻った。

 映画を見終わって、「なるほど・・・」。さらにタイトルの “工作” にも二重の意味があることに思い至り、あらためて良くできた映画だと思った。

 主人公のコード名 “黒金星(ブラック・ヴィーナス)” ことパク・ソギョンは、韓国軍の将校だけにちょっと目が鋭い、若い頃の小林薫似のイケメンだ。
 ところが上司の命令で、北朝鮮に潜入するためにビジネスマンになりすますと、人の好い笑顔を絶やさず、声のトーンもちょっと高め、見るからに誠実そうな男に変貌する。 ありふれたトレンチコートが彼の個性を消してしまう。


 一方、彼と交渉を持つ北朝鮮の対外経済委所長リ・ミョンウンは風采の上がらない小柄な男。穏やかな風貌はとても外貨獲得の責任者という重要な地位にいる人に見えない。
 しかし、内面を容易に窺わせない (といって、無表情というのでもない) 掴みどころのなさは、一見フレンドリーなだけに、かえって怖い。

 映画『二重スパイ』(03) では脱北者がスパイであることを疑われて、韓国で過酷な尋問を受ける場面があったけれど、本作ではパクが北朝鮮側に様々なテストを施される。 正体がバレれば命に関わるだけに、リ所長との距離が縮まるほど危険度が高まり、ドキドキさせられる。

 彼の傍らにいつも控える国家安全保衛部チョン課長(チュ・ジフン)がパクを疑い敵視し続けるだけに、 金正日(キ・ジュボン)との会見前に健康チェックと称して自白剤を注射された時は、「これまで」と観念したほどだ。

 しかしパクがしたたかなスパイであることが分かるのは、この危機をしのぐだけでなく、 リ所長が信頼の証として胸につけてくれた金日成・金正日バッジを盗聴器とすぐに見抜くことだ。

 リ所長への接近に成功したパクが、北朝鮮の核開発を調べるための「工作 (スパイ)」活動として提案するのが、“北の広告撮影” という共同事業だ。

 面白いのは、これが分断された南北融和のために大きな力になることに気づいた2人が、徐々に疑念や対立意識を抜けて、信頼関係で結ばれていくことだ。 南北の共同事業そのものが2人にとってかけがえのない意味を持つようになる。
 そんな中にさりげなく挿入される韓国の総選挙、大統領選が深い闇となって徐々にストーリーを覆い始める。

 92年の大統領選、96年の総選挙、97年の大統領選の直前に「北風」と称される北朝鮮の軍事挑発行動があった (あるいは、「あった」と取りざたされた) のは事実としても、 それが本作の描くような韓国保守政権と北朝鮮の間の談合 (取り引き) によるものだったのかどうかは分からない。

 しかしこれによって韓国保守世論が盛り上がり、92年、96年の選挙では与党守旧勢力に有利な結果をもたらしたのは紛れもない。 本作はこの「北風工作」をパクの視点を通して描いているところが興味深い。

 身命を賭して進めてきた合同事業を取るか、上層部が命ずる「北風工作」への関与を取るか、苦悩するパク。
 事もあろうに祖国によって正体を暴露されたパクを、身を挺して北から脱出させるリ所長・・・。

 別れ際、リ所長の身を案じたパクが「また会えるだろうか」と問いかけた時、リ所長は「会うべき人ならまた会えるだろう」と答える。

 しかし、多分、彼は粛清されるだろうな、と思っただけに10年後、南北合同の広告撮影会場で2人が再会する場面の感動は大きい。 会場の端と端に離れて時計とネクタイピンを見せ頷き合う2人に、柄にもなく涙がこぼれそうになった。

 平壌市街、さらに “金宮殿” を再現したセットにびっくり、金正日に扮した俳優のメーキャップ、体型、仕草の本人が蘇ってきたとしか思えないそっくりぶりにも仰天。
 シリアスなテーマをエンターテインメントとして仕上げる韓国の映画力に感服した。
  【◎△×】7

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