HOME雑感 LIST午後の映画室 TOP




【 映画雑感 】No.450

ハクソー・リッジ


2016年  アメリカ  139分

監督
メル・ギブソン

出演
アンドリュー・ガーフィールド
テリーサ・パーマー
ヴィンス・ヴォーン
サム・ワーシントン
レイチェル・グリフィス
ヒューゴ・ウィーヴィング

   Story
 熾烈を極めた第2次世界大戦の沖縄戦で、一晩で75名もの負傷兵を救い、良心的兵役拒否者としては初めて名誉勲 章を受章した実在の衛生兵、デズモンド・ドスを描いた戦争映画。

 ヴァージニア州の田舎町で育ったデズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は偶然知り合った看護師ドロシー(テリーサ・パーマー)と恋に落ちる。

 しかし第2次世界大戦は激化し、デズモンドは第1次大戦で心に傷を負った父(ヒューゴ・ウィーヴィング)の反対を押し切って、陸軍に入隊する。
 衛生兵を志願するデズモンドだが、人を殺してはいけないという信念のもと、銃の訓練を拒否したために軍法会議にかけられる。

 しかし思いがけない助けでその主張は認められ、デズモンドは衛生兵としてグローヴァー大尉(サム・ワーシントン)やハウエル軍曹(ヴィンス・ヴォーン)の指揮のもと、 沖縄の激戦地 “ハクソー・リッジ” に赴く。


   Review
 沖縄に多大な犠牲を強いた前大戦だけに、その沖縄が舞台と聞くと日本人として複雑な気持ちになるけれど、 総じて日本軍に対して客観的な描き方であることにひとまずホッ・・・。

 戦闘場面の凄まじいまでにリアルな描写に圧倒された。 果てしなく続く銃撃戦、爆撃音とともに燃え上がる炎と煙、ほんの少しの身動きで頭を打ち抜かれ、のけぞり、倒れる兵士・・・、 無数の兵士たちがあっけなく、そしてグロテスクなほど酷(むご)たらしく死んでいく。

 見ているうちに、戦争って何なんだろう、とひどく素朴な疑問が湧いてくる。
 祖国のため、愛する家族を守るため、と大義名分はあるけれど、結局は単なる殺し合いだ、たくさん殺したほうが 勝ちという・・・。

 虫けらのように死んでいく兵士たちへの痛ましさで胸が痛くなる。そしてこのシンプルな思いこそがこの映画が言いたいことなのでは、と思い当たる。

 殺し合うのが戦争なのに、デズモンドは銃を取ることを拒否する。それならなぜ彼は志願したのか。
 上官の当然の質問に、彼は「みんなが殺し合う中で、一人くらい命を救う人間がいてもいいのではないか」、だから衛生兵を志願したと答える。

 しかし、規律を守るのが第一義に求められる軍隊で、銃の不所持を貫くのは気が遠くなるほど難しいことだと思う。映画の中では彼の信念のもとになる出来事が2つ描かれる。

 1つは少年時代、日頃は仲の良い弟ハルの頭を兄弟喧嘩の勢いでレンガで殴り、重傷を追わせた事件。
 2つ目は青年になって、母に暴力を振るう父に怒りのあまり拳銃を向け、危うく引き金を引きそうになったこと。

 どちらも彼に強い自己内省を促したに違いないけれど、私には2つ目の出来事がより深くデズモンドの心に傷を刻んだように思えてならない。
 一旦怒りが発動された時、制御し難い衝動となって、もっとも近い肉親(父)に対してさえもそれは躊躇なく向けられる・・・、 こうした人間内部に潜む負の欲動に彼は心底から慄然としたのではないだろうか。


 こうした衝動に二度と自分を任せてはならない、その信念の拠り所になったのが、聖書の「汝、殺すなかれ」の戒めだったのだろう。

 印象的なシーンがある。 米軍が沖縄・前田高地の日本軍との激しい闘いの末に150mの崖から撤退を始めた時、1人の兵士がデズモンドの必死の手当ての甲斐もなく死んでしまうのだ。

 デズモンドは開いた彼の両目を手で閉じてやりながら、「僕に何をしろというのですか。分かりません。声を聞かせてください」と神に問いかける。 自分の無力さに打ちのめされ、心の方向を見失ったデズモンドの絶望がヒシヒシと伝わってくる。

 この時に周囲から湧き上がるように聞こえてくるのが、「助けて!」「助けてくれ!」という負傷兵たちの声だ。
 デズモンドはハッとしたように耳を澄まし、「神様、分かりました」というと、崖とは逆の方向に歩き始める。

 彼は今、なすべきことが迷いなく、真っ直ぐに、鮮明に見えたのだと思う。私にはこのシーンは奇跡が起きたかのように感動的なものに思えた。

 そして本当の奇跡はその後に起こる。デズモンドは1人、また1人と負傷兵を見つけては励ましの声をかけながら崖まで引きずって行き、ロープで崖下におろすのだ。
 1人助けると、「神様、どうかもう1人助けさせてくだい」と祈りながら・・・。

 そんな中で、顔中が血で覆われて眼が見えなくなっていた兵士が、デズモンドが水筒の水で拭ってやると、「目が見える!」と叫んで微笑する。
 この出来事はとても象徴的だ。目が開いていても死んでいれば何も見えない。しかし生きていれば、血で眼が塞がれていても、やがては見ることが出来る。

 では、何を見るのか。
 はじめは生きている喜びかもしれない。しかしやがて見えてくるのは、「戦争」というものの “現実” あるいは “正体”・・・。 解釈は人さまざまと思うけれど、私はそんな風に感じた。
  【◎△×】7

▲「上に戻る」



inserted by FC2 system