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【 映画雑感 】No.452

赤い闇 スターリンの冷たい大地で


ポーランド/イギリス/ウクライナ
2019年  118分

監督
アグニェシュカ・ホランド

出演
ジェームズ・ノートン
ヴァネッサ・カービー
ピーター・サースガード
ジョセフ・マウル

   Story
 スターリン政権下のソ連で決死の極秘取材を行い、 秘密主義国家の闇を暴いたイギリス人記者ガレス・ジョーンズの実話を、『太陽と月に背いて』『ソハの地下水道』などのポーランドの名匠、アグニェシュカ・ホランド監督が映 画化。

 1933年、ヒトラー取材の経験を持つイギリス人記者ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は、 世界的大恐慌の中でのソ連の好景気に疑問を抱く。

 モスクワを訪れたジョーンズは、友人の記者クレブの不可解な死にさらに疑念を募らせる。

 謎を解くカギはウクライナにあると知ったジョーンズは、当局の厳しい監視の目をかいくぐり、ウクライナへの潜行取材を敢行する。
 目的の地にたどり着いたジョーンズが目にしたのは、想像を絶する飢えに苦しむ民衆の姿だった・・・。


   Review
 偶然、本作を見る2、3日前に、以前録画していたテレビ番組「独裁者 3人の “狂気”」(NHK「映像の世紀プレミアム第9集」再放送分) を見た。 ファシズムを生み出したムッソリーニ、彼に憧れたヒトラー、ヒトラーの宿敵となったスターリンの3人の独裁者の素顔がアーカイブ映像で描かれる。

 その中に、本来豊かな穀倉地帯であるウクライナで起きた飢饉と、そこでソ連政府が行った収奪の映像があった。 農民が隠したわずかな麦すらも納屋を壊して奪い去る軍、その様子を茫然と見つめる老農婦のやつれた姿が印象的だった。
 同時に、誰がどういう経緯でこうした映像をフィルムに収めることが出来たのだろう、という疑問も湧いた。

 当局の監視・情報統制の厳しさを思うと (共産主義体制が崩壊した今ですら、体制批判をする者への弾圧、暗殺の 疑惑は後を絶たない)、ジャーナリストの取材映像とは思いにくい。
 軍の実行部隊が、いかに忠実に任務遂行に当たったかの報告として撮影したのかな、と (単なる推測だけれど) 思ったりもする。

 本作では実在のイギリス人記者ガレス・ジョーンズが単身ウクライナに潜行し、監視の目をくぐりながら取材を敢行する様子が描かれる。

 監視者と思しき男を巻いて貨物車にもぐりこんだジョーンズが目にするのは、 モスクワでの見聞や彼が乗ることを許された列車の豪華な食事が真っ赤な偽りであることを示す、飢えた人々の群れだった。

 到着した駅では大量の穀物袋が貨車に積み込まれている。労働者に紛れて袋を運びながら、ジョーンズが「これはどこに?」と労働者の一人に聞く。 尋ねられた男は「モスクワ」と答えた後、監視兵に「あの外国人はスパイだ」と告げる。民衆に浸みこんだ相互監視意識にギョッとさせられる。

 映画序盤、かつてヒトラーに取材したことのあるジョーンズは、スターリンへのインタビューを試みようとソ連行を決意する。 そしてすでにモスクワで取材活動を行っている友人の記者ポール・クレブに国際電話する。
 しかし通話中、クレブが「驚くべき事実が分かった」といった途端、通信が途切れてしまう。電話線を引き抜く傍聴者の手が不気味だ。


 モスクワ入りしたジョーンズに、 NYタイムズ・モスクワ支局の大物記者ウォルター・デュランティ(ピーター・サースガード)は、こともなげに「クレブは強盗に襲われ、死んだ」と告げる。

 こうして当初は、ヒトラーの暴走を食い止めるのはスターリンであり、イギリスは彼と組むべきだと考えていたジョーンズの中で、 ソ連 (ひいてはスターリン) への不審が芽生え、膨らんでいく。そのさりげないプロセスがかえってただならなさを醸し出してスリリングだ。

 ジョーンズは世界的な大恐慌の中でソ連だけがなぜ繁栄がしているのか、資金源は何なのかを調べ始める。
 スターリンの提灯記事を書き、それによってピュリッツァー賞を受賞したデュランティの頽廃ぶりが際立つだけに、彼の真摯さが輝いて見える。

 彼は「記者の仕事は真実のみを追いかけること」と語るけれど、本作でもっとも印象的なのはこうしたジョーンズ の記者としての魂だ。演じるジェームズ・ノートンの清潔でまっすぐな佇まいがぴったりだ。

 一方、権力に屈し自己の記者魂を解体されてしまったデュランティの開き直りのしたたかさも印象に残る。 その屈折をピーター・サースガードが見事に演じている。

 また、祖国ドイツでのナチの台頭に危機感を持ち、 ソ連の労働者革命に理想を見たはずの同モスクワ支局記者エイダ(ヴァネッサ・カービー)の、 モスクワの現実に直面した失望・あがきも推し量られる。(その後、彼女はドイツに帰国する。)

 ウクライナの惨状を暴いたジョーンズの記事は世界的センセーションを引き起こす。 そのきっかけを与えたのが、映画『市民ケーン』のモデルとなった新聞王ウィリアム・ハーストというのは思いがけなかった。

 しかし映画はさらに思いがけない結末を伝える。東洋に目を向けたジョーンズが取材先の満州で強盗によって拉致・殺害されたというのだ。 いやでも友人の記者クレブの死が想起される。

 独裁あるいは権力の専横は今も世界の各地で起こっており、決して過去のことでも日本に無縁のことでもない。不屈の記者魂を描いたサクセスストーリーではない重さが残る。
  【◎△×】7

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